SGBの前身、マニアックマンションはモッズバンドから始まり、次第にジャズ、ボサノバ、フォーク、ロック、パンク、オルタナティブ、日本歌謡とジャンルを問わないスタンスで1997年〜から2002年までのバンド活動を続け解散しました。2003年からはSGBの名で固定メンバーを持たず数回のギグを繰り返していましたが、この度マニアックマンションは再結成をし、活動再開をします。ここではそんなマニアックマンション再結成前のバイオグラフィーを主に過去に発表されたアルバム作品を紹介。


 MANIAC MANSION Biography バイオグラフィー 

SHOTGUN TRAIN 結成

 MANIAC MANSION(マニアック・マンション)の歴史を振り返るとだいぶ前になる。1997年静岡県浜松市のとある学校の話。

 ある時期になると安値で手に入るギターで楽器を始める学生達が増え始めた。いつの時代も変わらぬ光景だ、80年代にあったバンドブームに比べれば熱は冷めたほうだが、その年もそんな学生達がいた。

 そんな中、後のMANIAC MANSIONリーダー三ツ井も一本のガットギターを手にとり音楽を始めた。1997年、なんとなく始めたギターはそのうちバンド演奏に変わり、仲間内でスリーピースバンド“SHOTGUN TRAIN”を結成。(※当時NIRVANAが好きだった彼らは有名曲のSmells like teen splitをコピーをしたりしていた)

だがバンドは長続きはしなかった、演奏能力は低くギターソロが一人走りし、ベースがベースの役割を持たず、ドラムも一定リズムしか刻めなかった。そんな仲間内で結成されたSHOTGUN TRAINは所詮学生のお遊びに過ぎないのである。

KIKSHIN(キクシン)結成

 1999年に入り学生達も楽器と音楽に慣れてくる。そんな中、4人の学生達がビートルズのコピーバンドを結成。バンドネームは近所のまずいラーメン屋の名前を取ってKIKSHIN(キクシン)と命名。だがこのバンドも自己満足に近い演奏を世間にさらし、音楽活動など皆無に等しい集団に成り下がる。そして集団の目的は音楽ではなく、低俗な娯楽に変わりバンドという格好良さは次第に崩れていく。

改名MANIAC MANSION(マニアック・マンション)

 2001年はバンドが大きく変化し成長した年。事実上バンドリーダーをしていた三ツ井はKIKSHINの存在意義を問い正し、改善を図る意味でバンドネームを変える決意をする。三ツ井は、友人松下理生(バイオグラフィー監修)との会話の中で、あるテレビゲームの題名に感銘を受ける。そして2001年の夏、とうとうKIKSHINはバンドネームをMANIAC MANSIONに改名した。

 2001年9月、バンドはひとつ構想を練り始める。オリジナルCDの製作である。録音機材もジャケットを作るための技術もある。そんな中、とうとうファーストアルバム「from the sun」の製作に取り掛かり2週間という短期間で、オリジナルCDを作り上げた。

 CDは当時在学していた学校に無償で配布、これが思わぬ評価を上げ知名度を獲得した。これに味を締めたMANIAC MANSIONはすぐにセカンドアルバム「SIRLIN GREENBELT」の製作に取り掛かかり、これもわずか2週間という短期間でCDの発表に至る。ファーストアルバムに比べ荒さが目立ち、若干コアな曲が並ぶ為、ファーストを越えることは出来なかったが、当時としてはすべてオリジナルで作曲・演奏・ジャケットデザインというスタンスが一部の人間の中で話題になったのは事実である。また2001年の年末にはMANIAC MANSIONでは初となるライブも敢行し、その年バンドらしい音楽活動を開始することができた。

バンド解散へ

 2002年、メンバーのほとんどが上京し音楽活動は事実上休止状態に入る。そんな中、三ツ井は事実上のソロアルバム「NEW HUMAN ACADEMY」の制作に乗り出す。その年の8月25日アルバムは発表に至るが、少数プレスの為その存在を知る人間は少ない。

 2003年5月10日、藤沢市のあるライブハウスでMANIAC MANSIONは久しぶりに顔を合わせた。メンバーは新旧のコピー曲・オリジナル曲を演奏し、以前の勘を思い出しながらライブを決行したのである。独特な雰囲気と決して上手くないが活気のある彼らの演奏はそのライブハウスの人たちに「異色」として消化され記憶の片隅に消えていった。

 そして、終わりは突然訪れる。バンドリーダー三ツ井はMANIAC MANSIONの解散を発表。現メンバーでの演奏能力の向上に絶望を感じたのが動機だと後に話している。バンドは彼ららしくあっけない幕切れだった。

 そして今、MANIAC MANSIONは再結成する。知っている人たちも知らない人たちも、ここでバンドの事を少しでも記憶にとどめて頂ければ光栄である。

バイオグラフィー監修/松下理生

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